大人のADHD、もう受け入れる社会になって

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大人のADHD(注意欠陥多動性障害)が知られるようになってきています。

「注意の障害(不注意)」と「多動傾向」に分けられるようです。

具体的には、不注意では、集中力が続かない。ミスが多い。物を忘れたり、紛失することが多い。片付けるのが苦手。

多動傾向では、一方的に話す。激しく怒ったり、イライラしたりしやすい。金銭の計算が苦手など。

子どもの障害と思われてきましたが、大人のほうが深刻らしいです。

僕は障害という言葉が嫌いなので、脳の機能異常と呼びたいです。


患者数は成人の3~5%で、うつ病と同等かそれ以上。100人規模の会社なら3~5人はいる計算。

なので全く特異なケースではないのです。

他動傾向は成長過程でコントロールできるようになりますが、不注意傾向は大人になっても継続する場合が多いとのこと。

ある人の実例を紹介します。

デザイナーのAさんは、独創的なアイデアで結果を出していた。

会社では変人と呼ばれながらも、それなりに結果を出していたので、認められていた。

しかし、取引先との交渉や金銭のやり取りでトラブルを生じさせることが多かった。

そのうち、Aさんと仕事をしたくないという取引先が増えてきた。

Aさんは、病院の治療を受けることで、改善が見られたということです。

ADHDで苦しむ人々

ADHDによる不注意で、能力はあるのに低い評価を受ける人が少なからず社会にはいるということ。

まずそれを社会が認識することから始まるでしょう。

人間にパーフェクトな人はいません。

完全な円があるとしたら、必ずどこかの面では足りていないか、はみ出している部分があると思います。

社会に一定の割合で脳機能異常の人がいるのは、人類が多様性を持って、未来へ種の保存をしていき、すべての人間が絶滅しないようにできているのだと僕は考えます。

なので、一定の割合で犯罪に手を染める人がいる。

一定の割合で、脳機能異常が出る。

一定の割合で天才的な能力をみせる人がいる。

大人のADHDでは、対人関係が苦手になっていき、うつ状態になり、アルコール依存症や薬物依存になる人もいます。

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モイスティシモ

社会生活との境目

大人のADHDのせいで、会社で同時に作業ができなかったり、仕事をしている最中に他の人に話しかけられるとパニックになったりする人は、社会生活をうまくやっていけないかもしれない。

僕は会社員時代に過労から、統合失調症、双極性障害、社交不安障害と診断されて倒れました。(薬の副作用もありました)

今は実家でも療養中。もう社会生活に戻ることはできないと半分あきらめています。

でもそれでいいのか。

僕はもう親にも、行政にも、国家にも保護されましたから、これ以上周りに求めるものはありません。

でも、今、脳機能異常を持ち、社会生活にうまく溶け込めない人は、まず何かしらのサポートが必要であることを周りが認識しなければいけない。

決して排除してはいけない。

その人が、社会生活を送れないながらも、何か人の役に立とうとする。

その可能性が全くなくなったわけではないからです。

主な治療は服薬と認知行動療法。

僕は投薬が適切だとは思いません。

しかし、過去の自分を振り返り、現在の自分の状況を受け入れる。

そして、自分に何ができるのか考える。

僕みたいに、再発防止の薬を飲み続けていると、もうそれだけで毎日がだるいし、意欲がなくなっていきます。

だから、日常生活を送れることができるが、社会生活では支障がある人は、投薬になるべく頼らず、まず何かしらのサポートを受け、認知行動療法をする。

それで、他人に危害を及ぼすことがあるような場合は投薬を受ける。

世の中の多様性を認めてください。

そして、人類はかならず、脳機能異常を解決することができるようになってくると思います。

そうすると、また新たな問題が発生してくる。

それを解決して乗り越えていく。

それが、これまで人類が生き残ってきた証であり、人間にしかできないことなのだと、僕は思います。

ルックルックイヌリンプラス

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